その時俺は完全に我を忘れていた。
俺が臆病風に吹かれて現状維持で良しとしてしまったばっかりに
妹さんにとんでもない迷惑をかけていたという事実に俺は愕然としていた。
(俺は、俺は最低だ…)
結局俺は天満ちゃんに近づくために妹さんを利用していただけだったのか?
友人ランク1位で、大恩ある恩人だと思っていた妹さんを。
…そしてついさっきの天満ちゃんのあの眩しい笑顔を思い出す。
その瞳に映っていたのは、掛け値なしの感謝と信頼――
(畜生ぉぉぉっ!)天満ちゃんのあのまっすぐな瞳が俺を責める。
そう、俺は妹さんに迷惑をかけてまで天満ちゃんを騙したのだ。
(天満ちゃん、許して…くれねぇよな)
多分彼女は自分を騙したことより、妹さんを巻き込んだことのほうを絶対に許さないだろう。
天満ちゃんはさっき妹さんのチョコを貰える俺は幸せ者だと言った。
そのチョコレートを貰うのが俺だというのは勘違いだが、天満ちゃんが
そんな風に言うってことは妹さんきっと一生懸命、心を込めて
嬉しそうな顔して作ってたんだろうな…そんな妹さんの大切な想いが
俺の臆病でちっぽけな弱い心のせいで踏みにじられたんだ、許されるはずがねぇ。
――――そろそろ…潮時なのかもな
誤魔化しに誤魔化しを重ねてなんとか今日まで取り繕ってきたが
いい加減いろいろとその無理が祟ってきたらしい。
これ以上無理を重ねて傷口が深くなる前に、洗いざらいぶちまけて
すっきり砕け散っちまったほうがいいのかもしれねぇ…
…俺の足りない頭の容量はそんな考えでいっぱいになって
その結果俺の前を歩いていた天満ちゃんが急にこっちを振り向いたのに
一瞬反応が遅れてしまい
「……」
「…あー、えーっと、その、大丈夫か塚本」
結果天満ちゃんの上にのしかかるような形で前へ倒れてしまったというわけだ。
…つーかこの体勢はやばいだろう。まるで俺が天満ちゃんを押し倒したみたいじゃねぇか。
ほらみろ天満ちゃんもなんか困惑した顔してるぜ。
でもなんか随分前にもこんな感じで…あ。
「…変態、さん?」
俺はその瞬間完全に石化した。
気が付けば天満ちゃんの頭の横に俺のサングラスが落ちている。
それを慌てて拾い、すぐにかけようと思ったが…やめた。
もう天満ちゃんにバレちまった以上その必要はねぇ。
それに…
(やっぱもう潮時だったってことか)
…こうなったらもう腹をくくるしかねぇと開き直る。
せめて最後はこんななし崩しな形じゃなくて
もう少しそれらしく舞台を整えてからにしたかったんだがな…
まぁ今更言っても詮無いことだ。
「…立てよ塚本」
天満ちゃんに手を貸す。その瞳には混乱と不安の色がありありと見て取れる。
ま、当然だよな…と考え手を引っ込めようとするがそれよりも一瞬早く
おずおずと天満ちゃんが俺の手を掴み、立ち上がる。
天満ちゃんが俺の手を握ってくれるのもこれが最後だろうな…と
くだらない感傷に浸りそうになる自分自身を心の中で蹴っ飛ばす。
…天満ちゃんは俯いたままで俺と目を合わせようとはしない。
当然だろう。一瞬気まずい沈黙が流れるが、意を決して俺は口を開く。
「…なぁ塚もt」
「なんで!?なんで播磨君があの時の変態さんなの?」
天満ちゃんの声に俺は言葉を遮られた。
それは悲痛な叫びだった。俺の心を深く鋭く抉る悲痛な叫び――
「なんで…なんで…」
そう絞り出しながら正面に向けられた天満ちゃんの顔には、
「塚本…」
一筋の涙がこぼれていた。
(続く)