太陽の消えた世界

February,5,2005

―1―


ある人は言う、それは製菓業界の広告戦略に過ぎないと。
しかしその一方で「想いを伝えたい」という潜在的な欲求があったからこそ
その広告戦略とやらに多くの女性が飛びついたのだ、というのもまた真実であろう。
多分きっと本当は2月14日でなくても、チョコレートでなくてもよかったのかもしれない。
ただその胸の中の一かけらの勇気を振り絞るきっかけにさえなってくれれば。

 

 

 

「…ねぇねぇ、これなんかどうかな?」
「ん〜…」

ここに一組の男女がいる。年の頃は高校生ぐらいであろうか。
小柄な少女はご多分に漏れずそのまだ少し幼さの残る瞳を輝かせてチョコ選びに余念がない。
サングラスをかけたいかつい少年は、しかしその風貌に似合わぬ優しい眼差しで少女を見守っている。
その様子を見れば知らぬ人は誰もが二人を仲の良い恋人同士と思うであろう。

「あ、これ!これだわ!これにしよう」
「…あぁ、それでいいんじゃねーかて、塚本」
「播磨君もそう思う?よーし、じゃこれで決まりね。…すいませーん、これ一つくださーい」

少女の名は塚本天満、少年の名は播磨拳児。
播磨少年が一瞬彼女を名前で呼ぼうとして慌てて苗字で言い直したのが何とも初々しく見える。

…だが。

「ラッピングされますか?それとも今この場で渡されます?」
「え?…あ、いや、播磨君は妹のカレシなんで。ラッピングお願いします」

 

 

 

かいつまんで説明しよう。播磨少年は目の前にいる少女塚本天満に想いを寄せている。
だが彼女は二人とクラスメートの少年烏丸大路に夢中。持ち前の鈍感さで
播磨少年の再三に渡る熱烈なアプローチにも全く気付く素振りすら見せない。
その上ひょんなことから彼女の妹塚本八雲と恋仲であると勘違いされてしまった播磨少年、
実は自分と天満をモデルにした漫画を八雲に手伝ってもらって描いているだけなのだが
そんな漫画を描いていることを天満に知られるわけにもいかず、また妹思いの天満に
嫌われることを恐れて誤解を解くことも出来ずに「妹のカレシ」としてそれなりに
天満に頼りにされてる現状にわりと満足しちゃってる部分もある今日この頃、
今日は今日とて烏丸に贈るバレンタインチョコ選びに付き合わされていた次第である。

無論播磨としては本当はそんなことに付き合わされることなどまっぴら御免だ。
だがあの可憐で純粋な大きな瞳にすがるような上目遣いで見つめられながら「ゴメンね…
こんなこと頼めるの播磨君しかいないから」と泣きつかれては(※播磨主観による誇張アリ)
それを断るなどという選択肢はどこか遠いお空の彼方まで飛んでいってしまい、
これも愛の試練と心の中で血の涙を流しながら首を縦に振るしかなかったというわけだ。

そもそもこういうことは今回が初めてではない。烏丸の誕生日だクリスマスだと何かあるごとに
愛しのマイハニーが他のヤローに贈るプレゼント選びに付き合うというこの上ない苦行を播磨は強いられた。
その度にヘンな物を薦めてみようかという誘惑にかられては天満のまっすぐな瞳に思い直し
疑似デート気分でちょっとした幸福感を味わうも先ほどのように「妹のカレシ」とあっさりきっぱり断言されて
自分の置かれている現実を否応なしに叩き付けられるという精神的にかなりタフさを求められる一日を送るハメになるわけで。

しかもそれで終わりではない。当日は当日でやれ渡せなかった、やれ渡すのが精一杯で告白できなかったと
肩を落とす天満を慰めあまつさえ励ましてさえやるのだ。ここまで来るともう涙なしには語れない献身ぶりだが
本人は「成功されることを考えればこれぐらいどーってことねぇよ」と何処吹く風である。
だがそういう時につけ込もうと思いつきもしないところがこの男のいいところでありまた不幸なところであろう。
後で自宅に帰ってから同居人に指摘されて初めて気が付き失敗したと頭を抱えるのだが、
次の機会にはそんなことなどまた綺麗さっぱり忘れ去ってしまってるというか
俺の女神が落ち込んでるという非常事態にそんなことを思い出している余裕などないという具合なのだ。
そんな播磨少年の不器用さを、しかしその同居人はむしろ微笑ましく感じていたりするのだが。

 

 

 

「…ありがとう播磨君、おかげでいいのが買えたよ」
「べっ、別に大したことじゃねーよ…」

そう言って微笑む天満の笑顔があまりに眩しくて、播磨は思わず顔を背けてわずかに声をうわずらせながらそう答えた。
この笑顔が見れるならそれでいい、一瞬そう思ってしまいそうになる自らを慌てて鼓舞する。
(クソッ、何あきらめようとしてんだ播磨拳児。俺が自分の力で天満ちゃんにあの笑顔をさせるんだろ?
 これからもずっと、ずっとあの笑顔を見続けたいんだろ?俺が一生、天満ちゃんの隣であの笑顔を守り続けるんだろ?)
心の中で誰かがささやく、彼女の幸せはお前の隣にはないと。別の誰かがささやく、お前のような男に本当にあの笑顔が守れるのかと。
その声を心の中でフンと鼻で笑い、それでも俺は天満ちゃんが好きなんだ、悪いかとうそぶく。

「でもホント今日はあったかいよね〜」
「…そうだな」

そんな播磨の葛藤に全く気付く様子もなく、天満はいつもの明るい声で話を続ける。
悟られるわけにはいかないと播磨も何食わぬ顔で適当に相づちを返す。
いいことか悪いことかは知らないが、最近こういうのは上手くなった気がする。

「う〜ん…本当は八雲みたいに手作りできればいいんだけどね〜」
「…へぇ、妹さん手作りなのか」

あぁ、そういえば妹さん料理うまいもんな、といつぞやの冷蔵庫のつまみだけで作ったパスタを思いだしながら
しかしなぜか播磨はそこに僅かな違和感を感じていた。それが何かはわからないが、何かが微妙に引っかかる…

「…も〜、なに他人事のようなクチきいてるの?貰うのは播磨君なんだよ、この幸せ者っ」
「えっ、いや、だからそれは…」

それだ!
口ではいつもの聞き届けられるはずのない否定の言葉を一応連ねながら、しかし播磨は頭の中では全く違うことを考えてた。
妹さんは俺と付き合ってるということになっているがそれは皆の勘違いだ。だからチョコを渡す相手は俺ではあり得ない。
だとしたら誰に渡すのだろう。手作りということはたぶん誰か好きな奴にでも…
そこまで考えて播磨は背中に強烈な悪寒が走るのを感じた。


――――なんてこった。妹さんに誰か好きな奴がいるんなら俺との噂は凄ぇ迷惑じゃないか。


妹さん別にどーってことない風だったから特に気にしてなかったけど、よく考えてみりゃ妹さんあの性格だから
俺と噂になってメーワクだなんて俺に面と向かって言いにくかったんだって可能性を考えるべきだった。
しかも好きな奴がいるから、なんて話なら余計に人には言いづらいはず…あぁ、自分のバカさ加減がつくづく恨めしい。
やっぱり俺がもっと強く否定するべきだったんだ。誤解を解かない限り天満ちゃんに想いを伝えられねぇのに
それなりに天満ちゃんの近くにいれる今のぬるま湯な状況に浸りきって、妹さんにも取り返しのつかねぇ迷惑かけちまった…

 

 

 

…無論八雲がチョコを渡すつもりなのは播磨である。
といってもその理由は八雲の中では「姉さんやサラが渡せ渡せとうるさいから」ということになっていて
実際それは事実でもあるのだが、播磨さん喜んでくれるかなと手作りチョコを作る彼女の表情を見れば
その本当の理由は誰の目にも明らかである(もっとも本人は未だに自覚していないようだが)

しかし天満と肩を並べる鈍感王・播磨に、本人すら自覚してない想いに気付けという方が無理な話だ。
その結果導き出された恐ろしく的はずれな結論は、しかし播磨にとっては紛れもない真実であり
そしてそのあまりにショッキングな内容に播磨は知らず茫然自失となってしまった。

「…ねぇ播磨く」ドカッ

その結果播磨に何か話しかけようと後ろを振り向いた天満と正面衝突、
天満は播磨にはじき飛ばされ後ろにひっくり返り播磨も勢いでそのまま前に倒れ込んだ…ということはつまり。

「……」
「…あー、えーっと、その、大丈夫か塚本」

播磨が天満を押し倒したような格好になるわけで、しかも更に悪いことに




「…変態、さん?」




播磨のサングラスは外れていた。

続く

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